2015年05月05日

【雑記・ニュース記事から】山田風太郎のダットサン(2015/02/04 産経新聞)

こんばんは、どんぐりです。

今日は、本来であれば仙台の旧車イベントの事を書く予定だったのですが、
只今帰省中でございまして、アップロード用の写真を家に忘れてきてしまったのです・・・。

というわけで、今回は産経新聞の今年の2月4日ニュースネタから1本記事を書きたいと思います!
本当は2月のうちに記事にしたかったのですが、
ご存知のとおり、2〜4月は更新休止していたもので・・・。
まぁ折角なので、この機会に記事にしておきます。
(旧車イベントの記事は明日夜に更新します・・・)



【産経新聞2015/02/04】

山田風太郎の生家で使用のダットサン見つかる…兵庫・豊岡市内で関係者保存

(以下、上記リンク元より引用)
 兵庫県養父市関宮出身の小説家、山田風太郎(1922〜01年)の生家で使用されていた戦前の乗用車「ダットサン(DATSUN)」(日産自動車)が、同県豊岡市内で保存されていることが3日、わかった。製造後70年以上経過しているが、車体はしっかりした状態で、「現存するのは全国的にも珍しい」という。

 乗用車(全長約3メートル、幅約1・2メートル)は黒色で、2ドアのセダン。前部は運転席だけで、後部シートは2人乗り。昭和14(1939)年ごろの製造とみられ、車体前部には「DATSUN」のエンブレムが残っている。

 風太郎の生家は代々続く医者の家系だが、医者だった父親は風太郎が5歳のときに急逝。その後、医者の叔父と再婚した母親も、風太郎が14歳のときに亡くなった。叔父は昭和30年代まで、地元で「山田医院」を開業。関係者によると、この車は往診用に使われ、戦前はお抱えの運転手が運転、車の整備を担当していたという。

 風太郎は20歳だった昭和17年8月、家出同然で上京。戦後は小説家としてデビューし、31歳で結婚した28年、新妻を連れて関宮に帰省したときにこの車に乗っている。

 車は医院廃業後も駐車場に置かれていたが、約20年前に遺族が現在の豊岡市内の所有者に処分を依頼。所有者は、そのまま敷地の一角に保存していた。

 保管場所は屋外のため、車体は全体にさび付いている。それでも外観の保存状態は良好で、「エンジンの整備などに500万円以上かければ走行も可能」という。

 「戦前のダットサン」とあって、クラシックカーマニアが売却を持ちかけてくることもあるが、所有者は「今のところ、売ることは考えていない」と話している。

wst1502040028-p1.jpg wst1502040028-p2.jpg wst1502040028-p3.jpg
(クリックで画像拡大します。)

(以上、引用終わり)



・・・ということで、このダットサンの詳細について調べてみると、

ダットサン17型セダン
というらしいです。
日産自動車のホームページ「NISSAN‐HERITAGE‐COLLECTION」にも載っています。
記事にあるものとはフォグランプの有無の違いはありますが、同一車種で間違いなさそうです。

記事にあるダットサンは「1939年頃の製造」ということですが、日産自動車のホームページでは「1938年式」と出ていました。
まぁ、いずれにせよ1938〜1939前後に生産されていたのでしょう。

しかし、屋外保管でサビサビの状態・・・、草ヒロ的にはオイシイですが
世間一般の目からすれば「なんと勿体ない・・・」の一言でしょう。

「エンジンの整備などに500万円以上かければ走行も可能」、クラシックカーマニアには「今のところ、売ることは考えていない」ということですが、
何とか良い形で復活して頂けたら・・・と願わずにはいられません。




posted by どんぐり at 19:27| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ・雑記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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